ディンクス離婚!?

ディンクス離婚!?
私の知人のA子さん(37歳)は、26歳で結婚。仕事は一生続けたいとバリバリ働いていたキャリア女性でした。A子さん夫妻は、「子どもは持たず、二人の生活を充実させよう」と話し合って結婚したそうです。

大学時代の同級生で、付き合っている頃から割勘でどんなことも対等。議論も戦わせるよきライバルのようでもあったそうです。
ところが、結婚生活9年目の頃、A子さんは会社の同じ部署に人事異動で配属されてきた3歳年下の男性と恋に落ちてしまいました。夫を嫌いになった訳ではありませんでしたが、決定的に違っていたことが1つ。

夫とはこれまで一度も子どもが欲しいと思ったことがなかったのに、彼と会った瞬間、「この人の子どもを産みたい! 」と閃いてしまったのだとか。A子さんはそういう気持ちになってしまって1日でも夫と暮らすことはできない、と夫に「離婚したい」と話したそうです。

すると夫はA子さんが拍子抜けするくらいあっさり承諾。あとで共通の友人から聞けば、A子さんの夫にも恋人がいたのでした。
A子さんはディンクス・スピード離婚から半年後にスピード再婚! 二度目の結婚にして自分とは無縁だと思っていた「寿退社」。そして専業主婦に。すぐに妊娠して先日待望の赤ちゃんが生まれました。

「前夫とはそれはそれでよい関係だった。でも、今思えば単なるルームメイトだったみたい。女としての本能を呼び覚ましてくれたのは今の夫。男の人に甘えることがこんなにも心地いいって初めて知りました」。
A子さんのディンクス離婚はほんの一例ですが、「合意→即離婚成立」が特徴といえます。
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イマドキ離婚事情

イマドキ離婚事情
夫婦の危機って、一生の間には何度も訪れると思うのです。危機に直面した時、ケースバイケースではありますが、割と楽に素早く離婚に走ってしまうこともあるのがディンクス・カップル。

 ディンクスとは、DINKS=double income no kids。つまり共働きで子供を持たない夫婦のこと。夫婦それぞれが仕事を持ち子供を作らず、経済的にゆとりがあって生活を楽しむことを重視したライフスタイルを選択したカップルをいいます。
 ディンクス・カップルが取り沙汰されるようになったのは、ちょうど日本がバブル経済に浮かれていた頃。誰もがちょっと頑張ったり、工夫したりすれば、簡単にプチブルジョワになれてしまう時代でした。
 ディンクスという言葉は、その後すっかり定着。不動産広告などでは、「ディンクス向けデザイナーズマンション! 」なんて売り文句をよく見かけます。

 「わたしたち、最先端カップルよ」と、子どもを作らないでお互いの仕事を優先し、プライベートも洗練されたライフスタイルを維持。オシャレなマンションに住み、モデルルームのようなインテリアの部屋で暮らし、年に2〜3回は海外旅行に出掛ける優雅な生活。
 子どもがいないことが、逆に夫婦としての絆を深めているディンクス・カップルも多くいます。ただ、何かが起きた時、夫婦関係を修復する時間やキッカケもなく、一気に離婚へと突っ走ってしまいがちなのが、このディンクスの夫婦なのです。

 お互いに経済的にも精神的にも生活的(身の回りのこと、家事が自分でできること)にも自立していれば、別れる気になった時、話は簡単です。紙切れ一枚に署名・捺印して役所に提出するだけのこと。
 離婚を考えた時に子どもがいたりどちらかが経済的に自立していなければ、いろいろ考えますし、我慢することもあるでしょう。そうこうしている間に、悪化していた関係を持ち直すこともあります。
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離婚をつたえた後、子どもの心のケア

離婚をつたえた後、子どもの心のケア
子どものいる方の離婚は、自分が落ちこんでいる場合ではないのです。また、ひとり親家庭、離婚家庭の子どもが少ない学校では、孤立感、疎外感、不安を強く持つこともあります。離婚と同時に、転校することになる場合もあるでしょう。

離婚をつたえた後は、子どもの心のケアを忘れずに子どもへの離婚のつたえ方は、本当に難しいと思います。それから、子どもには子どもの社会である学校というものがあります。前頁の注意点を踏まえた上で、さらにこれまでの親子関係や子どもがその年齢でどんな感じ方をするのか? 子どもに理解させた上で動揺を最小限に抑え安心させてあげるには、どんなことをつたえたらよいのか? ということを、じっくり考えて欲しいものです。

子どもの心のケアを第一にして、子どもを見守ってあげてください。家庭環境も住環境も学校までも変わるというのは、心細さや大きなストレスを感じて当然です。その中で、親が離婚をすることで、もし姓が変わることになれば、周囲からの反応もあるでしょうから、精神的にも何らかの影響が生じます。

「パパ、ママ、がんばって!!」。学校は、子どもの大事な1つの居場所です。子どもを見つめていると、がんばっているその姿から、逆に勇気をもらえることもたくさんあります。

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子どもに離婚をつたえるときの注意点は?

子どもに離婚をつたえるときの注意点は?
子どもに離婚をつたえる際、どう話すのかよく考えて、準備した上でつたえたいものです。子どもの性格も考慮して、慎重に。夫婦がどんなに憎しみ合って離婚したとしても、親子の関係は、それとはまったく別なのだということを、忘れてはいけないのです。別れた親の悪口は言わない夫婦はもともと他人ですし、別れたらまた他人に戻るだけ。ウソだけはついてはいけない。

自分は悪い親の血を半分引いているのだ、と自分自身を否定的にとらえてしまいます。どちらかが悪いから離婚することになった、というつたえ方はNGです。「パパは死んだ」「外国に行っている」などと幼い子どもにはつい言ってしまいそうになりますが、いくら離婚を説明してもわからないからといって、ウソをついてはいけません。子どもの性格と年齢を考慮して説明する離婚原因や事実については、乳幼児、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、それぞれの年齢で、どんな言葉を遣うか、どこまで理解できるか、考えて話しましょう。けれども、子どもは両親から血を引いているのです。

子どもに離婚をつたえるときの注意点。親を信頼できない子どもは、自分にも自信が持てなくなってしまいます。多感な時期、異性問題が原因だったなら、その親に対する嫌悪感をかなり長い間引きずることにもなります。子どもはまったく悪くないとしっかり言う子どもの教育に関することで喧嘩をしたことがあったとします。「ママとパパは別れたけれど、あなたとパパはずっと変わらず親子だよ」「会いたくなったらいつでも会えるから」などと、話してあげましょう。

別々に暮らしても親であることには変わらないと諭す子どもは、別れた親には「捨てられた」、と感じてしまうことも。また「両親を仲直りさせられなかった」と罪悪感に苦しんでしまうケースもあります。あとで「ウソ」とわかったとき、親を信頼できなくなります。そのことが離婚原因というわけではないのに、子どもは「自分のせいだ」と思ってしまうことも。

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子どもに離婚をつたえるとき

子どもに離婚をつたえるとき
どうなるにせよ、一方の親とは離れて暮らすことになってしまうのです。けれども、親は、可愛くて仕方がない大切な子どもを、できることなら少しでも、傷つけないように、つたえたいと思います。親の離婚で子どもがまったく傷つかないということは、ほとんどありません。

「親が離婚することになるのは、もうわかっていた…」というケース、「信じられない…」というケース、家族によって状況はそれぞれでしょう。そこで5つの注意点を挙げてみました。

離婚は夫婦ふたりだけの問題ではありません。夫婦の子どもにとっては、天変地異にも等しい人生における大事件です。

親の離婚で傷つかない子どもはいない?!子どもを持つ夫婦が離婚をするとき。けれども、子どもへのつたえ方によって、そのときからあとあとまで、子どもの気持ちや人生までの影響はまったく違ってきます。

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離婚の原因

離婚の原因
離婚の原因には、だれが悪いというだけで起きない場合もあるのですね。昭子の離婚の理由は、毎日の決まった生活が息苦しくなったという。と同時に「家が恋しくなって帰りたくなった」。両親や子供時代にちやほやしてくれた大人たち、高校時代の同級生である初恋の男性らが彼女の頭の中に溢れだした。追い払えば追い払うほど初恋の彼の姿は昭子に大きくのしかかってきたのである。

そのうち夫が、そして夫の両親がうとましく感じられるようになった。あまり好きではなかった夫とのセックスも負担になり始め、昭子は夫とのセックス中に初恋の人を頭に浮かべるようになっていった。そんなときの妊娠だった。

妊娠とわかって昭子がまず感じたのは「どうしよう」という混乱した気持ちだった。母親になることは遠い世界の出来事のように思っていた昭子であった。周りの人の興奮、定期健診、体の変化など他人ごとのように経験し、夫と寝台を別にして孤立していった昭子だったのである。

興味と関心が周りの人たちから離れて、昭子は自分の身体の感覚を中心とした自分だけの世界に住むようになっていった。「自分でも何を考えているのかわからないのです」という彼女の心とは別に、妊娠が進むにつれて婚家と実家の出産場所をめぐるひき合いはエスカレートしていった。

昭子を「うつ状態」と呼ぶことは容易であるが、彼女は実家の親との安定した自我感情、対人感情のまま結婚生活に入ったのだった。
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ベッドルームの幽霊

ベッドルームの幽霊
昭子が素直で明るい性格なので夫の両親からは可愛がられており、週末になると夫と連れだって夫の実家に顔を出すのが習慣だったのである。妊娠とわかったとき、姑は家の近くの病院で産むようにと強く希望してきた。そうすれば自分たちが昭子と赤ん坊の世話ができるからというのである。

ところが、昭子は実家の両親の希望もあり、実家で産みたいのだった。どこで産むかをめぐって夫と初めて対立を経験し、その後そのことで言い合いもするようになった。2、3日前もそのことで大喧嘩になり、夫が昭子をなぐったのである。初めて手をあげられた昭子はものすごいショックを受けた。

これまでやさしい人だと思っていた夫に裏切られたと、そのとき感じたそうである。「こんな人とはやっていけない」とそのとき初めて強く思った昭子だった。夫が手をあげたことが、昭子の心を凍結させたきっかけになったことは疑いのないことである。しかし、それはあくまでもきっかけであって、昭子の心は実は徐々に冷え切っていたのだった。

昭子の話は続く。昭子は東北のC町の裕福な農家(果樹業)の一人っ子として成長した。両親に可愛がられてわがままいっぱいに育ったのである。高校を卒業して東京の短大に進学し、そのまま東京に就職した。特定の男友達はいなかったが、短大からの女友達が多く、就職してからも連れだって小旅行などよくしたという。

夫は会社で知り合った。恋愛結婚だった。夫が最初の男性だったこともあって、セックスは「こんなものか」と思った程度だった。夫は真面目で思いやりがあり、安定した毎日だった。しかし、結婚生活が半年も続くと昭子は退屈になってきた。
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二十代の危機

二十代の危機
離婚を正面から、また側面から様々な角度から見直してみたいと思っています。

あなたはなぜ結婚したのだろうか。「愛情のため」と答えるかもしれない。世の中には消極的理由で結婚した夫婦がかなり多い。結婚でもしよう、あるいは結婚しかすることがないとの、でも、しか結婚、しかも、でも、しか意識を自覚しないままにいそいそと結婚してしまう場合も多いのである。

相手の性格が嫌いだったけれど、条件がよかったので目をつぶってしまった。赤ちゃんができたので急いで式を挙げた。失恋したので、そのときやさしくしてくれた彼にほだされてしまった。とにかく家から離れたかった等々、理由はさまざまであるが、いずれの場合も「結婚したらなんとかなる」のではないか、という希望的確信に支えられて人々は結婚に踏み切っていく。

しかし、いったん結婚生活が始まると、最初にあった疑いの芽は、結婚生活の中での小さな失望を肥料としてじわじわと育ってくる。

鈴木昭子(仮名)は24歳である。結婚して1年半余り。現在妊娠4ケ月。夫の慶治(仮名)は26歳で会社員。「夫とはやっていけないので離婚したい」と訴えてきたのだった。

昭子が離婚を思いつめたのにはきっかけがあった。昭子たちは結婚以来S市のアパート住まいをしているが、夫の実家は比較的近かった。
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